「契約書を交わしましょう!」とはよく言われますが、では交わさなかったらどうなるのでしょうか?
契約の成立には契約書の存在は必須ではありませんので(※一部例外を除きます)、口約束だけであっても当事者双方の合意で契約は成立します。
契約書が無いことをもって、契約が無かったことになるのではありません。
法律のルールが適用される
また、何もルールが無い状態ということでもなく、基本的な内容については民法や商法などの法律で定められている規則(ルール)が適用されることになります。
そのため、例えば売買契約であれば、買主が受け取った品物が破損していたり数量が足りなかったような場合は売主に対して代替物の引渡しなどを請求することができます(民法562条1項)し、モノの貸し借りである使用貸借契約であれば、借主は貸主の承諾を得ないと借りたモノを他人に使わせることはできません(民法594条2項)。
法律のルールでは困る場合も
このように、基本的なルールは法律に規定されていますので、契約書が無くても問題ない、と考えられるかもしれません。
しかし、現実の取引においては、法律のルールのままでは困る場合も多々あります。
例えば、イラストやホームページ、ハンドメイド品の制作などの受発注に関する契約である請負の場合、報酬の支払いは仕事の目的物の引渡しと同時に行うと定められています(民法633条)。
そのため、契約書が無かったり、支払いに関して何の合意もない場合は、納品と同時に支払わなければならないのがルールとなってしまいますので、委託側の会社のルールとして月末締めの翌月末日払いにしている場合に受託側から即時支払いを求められると困ってしまいます。
同様に、委任(準委任)契約の場合、特約がなければ受任者は委任者に対して報酬を請求することができないとされています(民法648条1項)。
※ただし商人(自己の名で商行為をすることを業とする者)が自己の営業範囲内で他人のためにした行為については、相当な報酬を請求できます(商法512条)
また、契約を解除することができるのは、一方が債務を履行しない場合で、かつ相当の期間を定めて履行の催告をしたにも関わらずその期間内に履行されない場合であるとされています(民法541条)。
※そのほか催告なく解除できる場合が民法542条にいくつか定められていますが、債務履行が不能であったり債務者が履行を拒絶した場合など、債務が履行される可能性が低い場合に限られます。
※請負の場合、委託者が破産手続開始の決定を受けたときは、受託者(仕事が完成するまでに限る)または破産管財人は契約解除ができます(民法642条1項)
※委任契約、準委任契約は原則としていつでも解除できる(民法651条1項)ほか、雇用契約などについても解除することができる場合があります(民法626条1項など)
※当事者双方が合意すれば解除は可能であると考えられます。
そのため、例えば請負契約において、委託者が債務超過や資金繰り悪化などにより会社更生法や民事再生法に基づく再生手続開始の申立てなどを行った場合、最悪の場合受託者に対して委託料金が支払われない可能性が生じます。
しかし、契約書が無かったり、解除について合意がない場合は、受託者側から一方的に解除することはできませんので、委託料金が支払われないかもしれない状況で請負業務は続けなければならないことになります。
法律ルールの多くは上書きできる
このように、法律のルールだけでは、実際の取引において問題となる場合があります。
このような問題を回避するため、あるいは自身への悪影響を最小限に抑えるために、契約書で報酬支払いのルールや契約解除のルールを定めている、と言えます。
なお、法律で定められていることは絶対的なルールだと思うかもしれませんが、実はその多くは契約により上書きすることができます。
そのため、先述のような民法633条や541条のルールを上書きして、契約当事者同士の独自のルールを適用することができます。
ただし、どの法律のどの条文でも上書きできるのではなく、上書きできず法律のルールを必ず適用しなければならない「強行法規」(強行規定)というものも存在します。
例えば民法90条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」は強行法規とされており、どんなに当事者間で明確に合意していたとしても、公序良俗に反する法律行為、契約は無効です。
また、消費者契約法8条の2により、契約当事者である消費者が合意していたとしても、事業者側の債務不履行であっても消費者は解除できない旨の契約は無効です。
このように、上書きできない一部例外は存在しますが、基本的には契約に関する多くのルールは当事者間の合意(契約)により上書きすることができますので、取引内容に応じた適切なルールを定めることが重要です。