この原稿を書いている2019年9月9日、台風15号の関東直撃で、倒木や冠水などの被害発生のほか、東京の交通機関は大幅に乱れました。
交通機関では、前日の夜から電車等の運休や終電時刻の繰り上げが始まり、翌日は早朝から多くの鉄道が運休したことで、通勤や移動に大きな影響が発生しました。
そこで気になるのが、台風のような自然災害によって、契約した内容が十分に履行できなかった場合(履行不能や不完全履行)や、履行が予定より遅れてしまった場合(履行遅滞)の対応です。
債務不履行とは
債務不履行とは、債務者(何らかの仕事を行わなければならない人。売買であれば売主、請負であれば受注者。)の責任により、約束された状態での債務の履行がなされない場合などのことをいいます。
例えば、次のような事例が該当します。
- 履行不能:約束したことを実行できないこと。売買であれば、商品を引き渡すことができなくなった、請負であれば依頼されたものを完成させることができなくなった、など。
- 不完全履行:約束したことは一応実行されたものの、それが不十分であること。売買であれば、受け取った商品が壊れていた、請負であれば作成した水彩画が濡れてしまっていた、など。
- 履行遅滞:約束の実行が予定より遅れること。売買であればクリスマスケーキが届いたのが12月26日だった、請負であればランディングページの公開がプレスリリース公開より1時間遅れた、など。
なお、近年では、不完全履行と履行遅滞を合わせて「本旨不履行」として、債務不履行はこの本旨不履行と履行不能の2種類だとする考えが有力です。
債務者が責任を負う場合が多い
通常、債務が完全に履行されないのは、債務者の責任に依るところが大きいです。
そのため、この債務不履行が発生した場合、債権者(債務者の相手側で、多くの場合お金を払う側。売買であれば買主、請負であれば発注者。)は損害賠償を請求できたり、契約を解除することができると規定されています。
なお、債務者に責任がなく、反対に債権者の責任に依る場合は、債務者は債権者に対して債務の履行(お金の支払)を要求することができます。
では、債務者と債権者の両方に責任がない場合はどうでしょうか?
当事者の責任がない場合
今回のテーマである不可抗力をはじめとして、債権者の責任でも、債務者の責任でもない事象により履行不能、つまり履行ができなくなった場合は、民法536条1項により債務者は反対給付を受ける権利を失います。
これは、債務者の義務(=商品を渡す、物を作るなど)ができなくなったことにより、反対給付、つまり商品を渡すといった義務の対価、商品代金を受け取る権利がなくなるということです。
例えば、Aさんが、Bさんに売る予定だった壺を保管していたところ、台風の突風により壺が転倒して粉々に砕けてしまった場合、Aさんは壺を渡すことができなくなったと同時に、Bさんからその代金を受け取ることもできなくなります。
では、履行不能以外の、本旨不履行の場合はどうでしょうか。
現行の民法では、本旨不履行については債務者の責任の有無は要件とはされていないため、原則としては、どんな理由があったにせよ履行が遅れたり不完全である場合は債務者は責任を持つ(損害賠償や契約解除)ことになります。
ただし、それではあまりにも債務者の負担が大きいようにも感じられます。
そのため、本旨不履行でも不可抗力は主張できると考えられています。
不可抗力を定義しよう
そもそも、不可抗力とは何でしょうか。
一般的には、契約当事者が予測することができない外部的事情であり、予防方法を講じても防止することができないもの、というように考えられていますが、実は民法はもちろん多くの法律で不可抗力という言葉は出てくるものの、具体的にどのようなものを指すのかといった規定はありません。
例えば、台風や大雨、地震、火災、伝染病、戦争、ストライキなどが該当するとされています。
しかし、これはあくまで一般論であり、明文の規定はありません。
そのため、「本日の台風による影響」が「不可抗力による影響」であることが明確ではありません。
仮に台風の影響により履行が遅れた場合、それが不可抗力であるかどうかは不明確であり、債権者が「台風は不可抗力ではない!」と考えていれば、債権者の主張により損害賠償を請求されるかもしれません。
また、先述のとおり、本旨不履行は不可抗力によるものであるという主張をすることはできますが、それが採用される保証は一切ありません。
主張が採用されない場合、損害賠償責任が生じたり契約解除がなされるかもしれません。
そのため、契約において何が不可抗力なのかを規定しておくことはとても重要です。
第○条(不可抗力)
甲及び乙は、天災地変等その他不可抗力による本契約の全部又は一部の履行遅滞又は履行不能については、その責任を負わない。
このように曖昧に不可抗力による免責を規定するのではなく、
第○条(不可抗力)
甲及び乙は、地震、台風、津波その他の天災地変、火災、戦争、テロ、ストライキ、重大な疾病、法令・規則の制定・改廃、輸送機関・通信回線の事故その他不可抗力による本契約の全部又は一部の履行遅滞又は履行不能については、その責任を負わない。
このように不可抗力に該当する例をある程度列挙したほうが、より明確になります。
不可抗力による債務不履行の場合は債権者も債務者も責任を追わないと規定した上で、例えば台風も不可抗力である旨の規定があれば、台風による影響に対して責任を負うリスクをかなり低減できると考えられます。
規定に頼りすぎない
ただ、この不可抗力条項も、規定しておけばそれだけで常に免責されるとも限りません。
過去の裁判において不可抗力が認められた事例についても、「通常想定される事態に対応できる程度の必要な措置を講じていた」ことが認められた上で、それをも上回る想定以上の震災に起因する火災については予見可能性がないため、注意義務違反の過失があるとはいえないとされています。(東京地判平成11年6月22日)
逆に言えば、通常想定される事態に対応できる程度の必要な措置を講じていない場合は、不可抗力による免責が認められない可能性も否定できません。
また、例えば、台風の影響による電車運休や遅延により、約束の時間に契約を実行することができなかったような場合においても、
- 台風接近情報は数日前から発表されており、影響の有無はある程度判断できる
- 同様に、電車の運休は事前にアナウンスされる場合が多く、また仮にアナウンスがなくても台風により電車の運行が影響を受けることは容易に想像できる
- 仮に一部の電車が運休しても、他の路線やバス・タクシーなど他の交通手段の利用により、必ずしも特定の場所への移動が不可能になるわけではない
相手方が上記のような理由に基づき「台風の影響は回避可能」と主張してくれば、”債務者の帰責事由あり”として免責されないことも十分想定されます。
(予見可能性および結果回避可能性)
そのため、債務者側としては、契約により不可抗力を主張できるようにしつつ、ある程度の災害については対応できるよう準備しておくことも大切であると考えられます。
お金の支払いは免除されない
不可抗力条項について注意が必要なのは、金銭債務は不可抗力をもって抗弁とすることができない(民法419条3項)という、金銭債務の特則です。
お金は必ずどこかに存在するため、支払いが履行不能となるのではなく、支払が遅れている状態(=履行遅滞)である、ということになります。
そのため、たとえ大きな災害が発生した場合であっても、お金の支払い義務を負っている場合は、それを履行しなければなりません。